分かった様な話に満ちているが、矛盾が満ちる・・そして、新たな矛盾も・・

 題:分かった様な話に満ちているが、矛盾が満ちる・・そして、新たな矛盾も・・
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
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 キリスト教は、本当に、矛盾の多い宗教である。
 その矛盾の中に住んでいると・・
 長く居ると・・、
 キリスト教が言う、「キリスト教では、信仰以前の人間
は真理をも知る条件をも欠けている」・・と。
 しかし、一方・・、
 「キリスト教の神は創造の神、人間を創る」・・と言う。
 賢明なあなたは、既にお分かりの様に、前記のキリスト
教の言葉は・・、
 「キリスト教の神は、キリスト教の信仰を知らない人間
を創りました」なのだ。
 その人間は真理をも知ることはできないになる。
 故に、永遠に、キリスト教を知ることはできないになる。
 この様な帰結に至る事を知ってか知らずか・・ノー天気
キリスト教・・、
 キリスト教聖書には、ただ、「キリスト教の神は人間を
創りました」とだけ書いているが・・、
 正しくは、「キリスト教の神は、キリスト教の信仰を知
らない人間を創りました」になってしまう。つまり、性悪
説も崩れてしまうのだ。
 何しろ、キリスト教は、理知的に理解しようとしても無
駄なのだ。無駄なことは止めるに限る。
 聖霊がどうのこうのと言ったって人生の無駄。
 「原始キリスト教は、ロゴスと、ロゴスの受肉者として
のイエスとを無差別に同一視した」と批判したって・・、
 キリスト教それ自体が矛盾が多く・・、
 到底、正常に存立しない、し得ない宗教。
 その様なキリスト教の内部対立的な話を、貴重な人生の
時間を使って理屈を捏(こ)ね回しても無駄に尽(つ)き
る。聖職者は正業に就こう。
 そして、キリスト教会は言う・・、
 「教会は、イエスは復活する。すなわち、教会の見解で
は、原始キリスト教はイエスの死後、ロゴスを見出し、こ
れをキリストの復活体と呼んだ。これはすなわち、統合へ
の規定にほかならない。さて統合への既定のもとにある存
在が事実統体となる出来事は、聖霊によるのであるが、キ
リストを根拠とし、聖霊の働きによって統体へと組みなさ
れた人々の共同体の教会において、そこに統体への規定が
実現されている限り、そこにはキリスト(救世主)が在す
わけだ」と、
 分かった様で、我田引水の論理を捏ね回して、やっぱり
自分に都合のよい決着点に話を持って行って・・、
 信徒の方々は貴重な時間と献金を取られて、マインド・
コントロールされた心を落ち着かせて家路につく。
 要は、キリスト教の神の失敗作の人間に、その失敗への
責任から、キリスト教の神は、人間に関(かか)わる様に、
また、関わらざるを得ない状態になる。
 そして、その失敗作の人間が、何をするか分からないの
で、さすがに、キリスト教の神も、自分が創った人間ども
が何をするか予測する事が出来なかったので、紳士協定の
契約を結ばざるを得ない間柄の自分の作の人間との、契約
を結んだ・・と、
 まったく、馬鹿馬鹿しい設定になる、そして話だ。
 信頼とか、信用という話の欠片(かけら)もない。
 そして、キリスト教聖書を読めば「騙(だま)した」と
か、「裏切った」とか、「殺した」とかの話に満ちる。
 ソドムもゴモラも裏切ったからという理由で、焼き殺さ
れた。
 この類いの話ばかりが書き連ねられるキリスト教の聖書。
 そして、マインド・コントロールされている。
 目覚めよ! さらば開かれん。
 次世代には残してはいけません。
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 (詳しくは、以下のブログへ)
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