子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています(その2)

題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
       (その2)
 リンカーンも仕方なく、国会の動きもあって、
 奴隷解放予備宣言を公付する事に踏み切りました。
 (注:1860年に出された予備宣言は、南部諸州が治安回復に
努めるならば、奴隷解放の必要はないと明記されている)

 しかし、
 この時点に於いても、
 リンカーンは、奴隷の即時、無条件、全面解放をためらって
いました。
 宣言に、布告に縛(しば)られない例外地域を作ったり、反
乱してない地域は含まれないなどと例外規定を作ったりしてい
ました。
 この後、2年も続く血みどろの戦いを経て、
 黒人の方たちの目覚ましい戦いぶりも加わって、
 1865年に憲法修正第13条が制定されるまで、
 リンカーンの不決断の影響は続きました。
 この憲法に及んで、やっと、
 このアメリカ黒人奴隷の方たちは自由を勝ち取りました。
 しかし、悲しいかな、
 これもつかの間の事でした。
 黒人の方たちのこの戦争における果たした役割は目覚ましい
働きでした。
 それは、
 北部の軍事的勝利を最終的なものに導いた原動力の中でも、
 際立って大きく重要なものでした。
 それは、
 黒人の方たちが、決してこの戦争を「白人の戦争」と考えて
いなかったことに由来しています。
 その働きに至る一つの査証・1事例が、
 ニューヨークの黒人たちが、
 北部軍に参加して、戦うために、自分たちで軍事組織をつく
り、軍事訓練に励みました。
 そしてそれらは、
 リンカーンの黒人の軍隊参加の不決断に対する行動でした。
 ボストンでは、
 黒人集会の宣言:
 「私たちは、すでに用意が出来ています。私たちは、私たち
の生命と財産と名誉をかけて、自由のために、良き市民として、
私たちの政府を守る覚悟が出来ています。私たちは、みなさん
に、このことを訴えたいのです」・・・と、宣言しました。
 しかし、
 リンカーンは、黒人の軍隊編入をためらい続けました。
 リンカーンのためらいに、しびれを切らした、多くの黒人奴
隷の方たちが、
 北部軍の将軍の元に馳せ参じる事態が起きました。
 そして、
 その多くの黒人の方たちは、
 戦争のあらゆる軍務に挺身しました。
 (てい‐しん【挺身】 [名](スル)率先して身を投げ出し、
困難な物事にあたること)。
 この時点になって、
 やっと、
 リンカーンは、
 黒人の軍隊編入を承認しました(これを「事後承認」と言い
ます。「後追い承認」とも)。
 しかし、黒人兵は、
 白人兵の給料の半分などと、さまざまな差別を受けました。
 それでも南部軍に捕えられると殺される黒人兵士は、
 白人兵士にみられないほどの果敢な働きをしました。
 可哀想な事に、
 黒人兵士の死亡率は、
 白人兵士の死亡率より35%も高かったのです。
 厳しい戦況の中におかれたのかもしれません。
 1865年、4年に渡った南北戦争終結しました。
 ここには、
 初めに黒人を「目覚めさせ」、「希望を与え」、そして、
「まとめ」、「指導した」黒人の黒人解放戦士『フレデリック
・ダグラス』が、これらの根幹に存在しました。
.
 子供たちの「リンカーンの伝記は間違い」なのです。
.
 リンカーンが、黒人を解放していないことがお分かり戴けた
と思います。
.
 子供たちの伝記は、書き直しの必要があります。
.
 リンカーンは、1865年、ブースという凶漢の手によって殺さ
れ、生涯を閉じました。
 しかしここで、
 卑劣な事ですが、
 この南北戦争の後、
 黒人の方たちの戦いの血によって勝ち得た「黒人奴隷の解放」
という輝かしい成果が無に帰して行きました。
 敗北した南部の諸州は、
 次々に自前の『仮の政府』を組織するという事態が発生しま
した。
 こともあろうに、
 旧奴隷所有者は、政権へ復帰して行きました。
 そしてまた、
 こともあろうに、
 奴隷制の復活の企てをしました。
 それを示す1事例、
 サウスカロライナ州憲法制定会議での演説は最悪です。
 「これは白人の政府であり、白人だけの目的としたものであ
る。最高裁判所は、黒人はアメリカ市民ではないとの決定を下
している」・・・と、公然と述べています。
 また、
 フロリダ州では
 「解放令によって、黒人奴隷は、自由の身になったと宣言さ
れても、黒ン坊はどっちみち奴隷みたいなものだ」との軽蔑す
べき声がある様な有様でした。
 この様な中で、
 悪名高い「黒人法」がつくられました。
 この法によって、
 黒人の方たちに、多くの制限が加えられ、
 黒人を土地に緊縛(きんばく)し、
 強制労働や不払い労働に服させる結果となりました。
 そして、
 黒人の方たちを経済的に締め付けました。
 (アメリカでは、現代でも黒人の方たちへの人種差別や偏見
の改善闘争が続いています)。
 この様な様相の底流には、キリスト教によって強く洗脳され
た「黒人の方達への偏見」があります。