キリスト教の『イエスの復活』・・、

 題:キリスト教の『イエスの復活』・・、
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい)
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 キリスト教の『イエスの復活』・・、
 これは、イエスが生きている時から・・、
 『イエスが復活する』と言いふらされていた。だから・・、
 イエスが、復活するのが、イエスが復活したから、復活
が知れた・・というのでは・・『ない』。
 イエスの関係者は、もちろん、『復活の事前洗脳』は、
なされていた、されていた。
 それは、(マタイによる福音書)にも記されているが、
 すでに・・イエスが復活する・・と、
 イエスの弟子たちが、『言いふらす行為をする』・・と
いうことが・・知れ渡っていた。
 早く言えば、「イエスは復活する予定です」となる・・、
 イエスが十字架刑になった翌日に・・、
 ・・という事は、
 3日後に復活すると言っていたので、その復活予定の2日
前に・・、
 すでに、「イエスが復活した」と、言いふらす事が、予
測できていた「祭司長のカイファたち」は、
 「総督のピラト」のところに集まって、その件について
話し合っていた。
 ピラトへ、『イエスの墓の、番兵をさせて下さい』・・
と、頼み込んでいた。
 イエスの弟子たちが、イエスの死体を盗み出して・・、
「イエスが死者の中から復活した」・・などと、人々に言
いふらさないように・・、「墓を見張る事を命令してくれ」
と願っていた。
 ピラト総督は、『最高法院の番兵で見張れ』と命令した。
 そこで・・祭司長たちは、墓を石で封印し、番兵を置い
た。
 しかし、二人の女たちが墓に着いたときに、すでに、石
は転がしてあり、墓の中に入っても、イエスの遺体は見当
たらなかった。
 女たちは、遺体紛失とは思わなかった。
 イエスや弟子たちから『3日後に復活する』と、何度も
聞いていたから、復活したと思った。
 事実は、復活があったから、イエスが復活したという話
ではなかった。事実は、洗脳から予断が入り込んでいた。
 復活があったから、イエスが復活したという話ではなか
った。
 つまり、ここで、逆の思考も成立するということ、逆が
出来てしまうということ・・、
 つまり、イエスが復活した、「嘘だ」と言う人に、積極
的な肯定の話ができないということ・・、
 それは、すべてが、状況から推断(推定からの断定)さ
れているということだからだ。自分の希望の結論へ持って
行ってしまうという思考と行為。理性欠如状況。判断力欠
如状況。
 その様に思い、考える人に、せいぜい、「そう思うだろ、
嘘ではないのだ」・・と、せいぜい、言えるぐらいのレベ
ルの話なのだ。根拠薄弱。
 かねてから、ユダヤ教の正典(キリスト教旧約聖書
にある『復活の話』を・・、ユダヤ教徒であるイエス
エスの弟子たちが、既知のもの(すでに知っているもの)
として知っていて、自分たちも口にしている。頭に充満し
ている希望的状況。
 「3日後に、復活する」と言いふらす、ユダヤ教の祭司
長側も、イエスの弟子たちが、そう言いふらすだろう事は、
十分、予知・予測がなされていた。
 イエス側の資料しかないので、「イエスは復活した」と、
言いふらしたい側の資料しかないので、当然、「イエス
3日後に復活した」になるのは当り前で当然。
 故に、つまり、ここには公平・公正な状態で、祭司長側
の資料があったならば、「あはは、あれはイエス側の都合
で、ああ言いたかったのでしょう」となる。祭司長側の資
料には、その様な資料があるだろう。そして、結論欄には
嘘ですという事が記してあるだろう。
 当然、イエス側の資料しか見られない状況で、その片方
側の資料で判断できる訳がない。公正さも失われているこ
とは、だれの目にも確か。
 それも、状況が、予断からの推定で復活があったとした
だけという状況。希望結果の発言。
 少なくとも、はっきりと、これだけの事は言えるのだ。
 キリスト教徒の作家も、どうなのですか?と尋ねられた
ら、「説得できる自信はありませんね」と答えている。
 イギリスの聖職者へのアンケートでも、『復活アリ』と
信じるキリスト教聖職者が、「少数側」となっている。
 キリスト教徒の作家も、「そうだと信じるしかありませ
ん」と、匙を投げている。
 キリスト教は、この様な、『話のパーツ』が連なってで
きている宗教。あちこちが、山崩れを起こしている。
 これを含めて『信じろ』としか言えない宗教=キリスト
教。次の話が続かない宗教、すぐに話が途切れる宗教。深
みがまったくない宗教。
 それは、嘘を多く含んでいるからです。嘘が含まれてい
る。
 結局、キリスト教側も、本音は、「信じてくれ」と言っ
ている。それだけ・・。
 本音は、「本人も信じていない」という・・イギリスの
アンケートの結果もある。
 『神は偉大なり』を信じることに、信じらせる事に、精
力を使って来た歴史を持つ宗教、それに、そこに、多くの
命を無駄に、無意味に、殺戮した。本当に憤りがわく。
 あちこちが、崩れる山の、頂(いただき)にいる神。
 多くの嘘を言い、信じることは言わずに、信じることだ
けを要求する。この復活の様に、空威張り的な論理を展開
し、結局は、信じてもらえない。聖職者でさえ・・、当の
聖職者にさえ信じて貰えない、いないという状況。
 ありがたいと自分でねじを巻き、ねじを巻いて、マイン
ド・コントロールされて、ありがたいのかなとなって、軌
道に入って行くのだが、理性は失われていることに気がつ
かない。性悪説の論理の展開の中にも入る。科学的にも駄
目と言われている論理の展開を巡らす。つじつま合わせの
世界に入る。完全に繰られて、暴力沙汰も行う。この事で
も無意味に青年たちが、また、攻め込まれた地の愛する家
族たちが死に、そして、追われ、温かい家庭も無くなる。
 未来の人類を救うことができないDNAを持つ宗教=キリ
スト教。人々も幸せになれない。
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