節操無く・・・変化すること。

題:節操無く・・・変化すること。
....(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 パウロに、イエスを神と崇(あが)める気持ちは、
あったのだろうか?
 パウロは、ガチガチのユダヤ教徒で、
 偉い地位にも居た。
 その躓(つまづ)きなのか?
 エポックメイキングな出来事があったという事で、
キリスト教徒となった。
 回心したのだと彼は言う。
 彼は、イエスを「イエスの贖罪」という観点のみを、
強調的に捉(とら)え、
 当時の誰でもが知っている「血による贖(あが)い」
という観点のみから取り上げている。
 だから、生前のイエスの「言葉」や「行動」について
は、まったく触れていない。
 彼のタブー?と言いたいくらい。
 また、当時の人々のよく知る「復活」と共に、
 イエスがおくびにも考えていなった「宗教企画」が
パウロによってなされた。
 パウロは、イエスとも会ってもいないし、
 イエスについては、「そこまでだ(生前のイエス
無視)」と考えていた。
 事実、パウロは、(「コリントの信徒への手紙1」
2・2)で、「なぜなら、わたしはあなた方の間で、
イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト
以外、何も知るまいと心に決めていたからです」と言っ
ている。
 イエスを神格化しようとする意識はないし、その
行為もない。
 何百年も経た後の「キリスト教公会議」で、
 「イエスを神とするか?どうかで、大もめの末に
決定された」。
 それも、1回で決まったわけではない。
 それほど、イエスは神かどうかの影が薄かった。
 イエスの神格化は、後の、キリスト教が「ヘレニズム
世界」に入って行ってから始まったのだ。
 イエスが、次第に「主」(ギリシャ語で「キューリ
オス」)と呼ばれ始めた。
 そして、この言葉と共に、イエスの神格化が促(う
なが)されて行った。
 また、ヘレニズム世界には、偉大な人間を「神が
受肉した者」、あいは、神々の「化身」として見ると
いう風潮が広く見られた。
 ローマ皇帝を、神として崇める風潮が、特に、東方
に顕著に見られ、ローマ皇帝もキューリオスと呼ば
れた。
 イエスが、当初、パウロによって「贖罪感覚」を
付けられたが、
 この贖罪感覚と共に結び付けられて行ったのが
ヘレニズム世界」での『神が受肉した者』であり、
 唯一絶対のメシア観」であった。
 キリスト教は、この「ヘレニズム世界」でヘレニズム
世界に流布されていた事と、くっつきながら装飾されて
行った。
 また、ヘレニズム世界でのユダヤ教徒が、彼らの神
 「ヤハウェ神」を、既に、「主」と呼んでいた事が、
 キリスト教は影響されて、イエス・キリスト
「主」と呼ぶようになった。
 また、この行為、キリスト教がイエスを「主」と
呼ぶようになり、
 ユダヤ教は融合して居たキリスト教徒(正確には後の
キリスト教徒)を疎(うとま)しくなり、
 呪いをもって追放し、「追放決定」が下された。
 最初、パウロなどの伝道は、地方に、既に広まって
いたユダ教の会堂(シナゴーグ)で行なわれていたほど
ユダヤ教徒と融合していた。
 世話になったユダヤ教に、後ろ足で砂を掛ける様な
事をしたキリスト教だった。
 ちなみに、今のキリスト教は、正しく言うとしたら、
 「ヘレニズム化したパウロキリスト教」という事
になる。
 これから、まだまだ、キリスト教は、ヨーッロッパ
大陸に入って行くに際して、節操なく、恥ずかしい位に、
現地の宗教と習合していく。
 これが唯一絶対と信じるのが馬鹿馬鹿しくなるほどの
宗教の節操のなさだった。適当宗教状態だった。