歓喜の宗教ではない。

 題:歓喜の宗教ではない。
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
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 青年エレミヤが、都・エルサレムに上って見たものは、
 救いようのない堕落した社会と、人々だった。
 モーゼの十戒は、あまりにも堕落した人々・低倫理の人々
に与えたものと言われているが、「姦淫するな」「人殺しを
するな」「盗むな」などなど、酷(ひど)い悪状態の人々へ
与えられたものと言われているが、
 このモーゼの十戒にしろ、各預言者たちの言葉は、この様
な、救いようのないぐらいの人々に対してであった。
 故に、今・現在、何ら、現代には参考とすべきものはない。
 預言者・エレミヤは嘆くのであった。
 「一人でも真実を求めるているのか?」・・と。
 キリスト教が出来た地は、「現代人が、想像できないくら
いの悪状態だった。最低レベルの倫理状態だった」。
 戦いも多く、悲惨だし・・。
 イエスの、半分諦(あきら)めの「汝の敵を愛せよ」は、
少し常識があれば、「誰でも言いたくなる環境」だった。
 イスラエルの民の国・南ユダ王国を滅ぼしたアッシリアは、
新興して来た国・バビロニアによって一挙に滅ぼされた。
 そして、バビロニアは、老大国・エジプトと戦う。
 この時、ヨシュアは戦死した。
 そして、申命記改革が無に帰していく。
 雑多な宗教にまみれる。
 エレミヤの口から呪いの言葉が漏れる。
 「私の生まれた日は呪われよ。母がわたしを産んだ日は
祝福を受けるな。わたしの父に「男の子が、生まれました」
と告げて、彼を大いに喜ばせた人は、呪われよ。その人は、
主の憐れみを受ける事なく、滅ぼされた町のようになれ。
・・以下略。いくら読んでもためにならないので略す。
 何しろ最後にエレミヤは言う「なにゆえにわたしは胎内を
出てきて、悩みと悲しみに会い、恥を受けて一生を過ごすの
か」である。歓喜の宗教ではないのである。全く生産的では
ない。出生の本懐に悩むエレミヤなのである。絶対に本物の
宗教ではない。参考:(「エレミヤ書」20・14〜18)。
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 そして、もう一題・・秘密保護法案。、
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 →やはり、日本には「秘密保護法案」が必要だと分かりまし
た。以前、投稿した文は削除させていただきます。
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   (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://www.youtube.com/watch?v=1gWbIHhGUx8
http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /