(増補版)548E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1892年1月〜1892年1月)

題:(増補版)548E2/3:1/3:気になった事柄を集めた年表(1892年1月〜1892年1月)
...(真を求めて 皆様とともに幸せになりたい・・日記・雑感)
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1892年、災害・防災:
・4月10日:東京・神田で大火、1万5000戸が焼失した。
(4000戸の焼失・・説あり)
 4月9日(大火が起きた前日)午後9時頃から、東京に激し
 い北西風が吹き始める。
  夜中(4月10日、午前0時半頃)、神田区(現・千代田区)
 猿楽町一番地の飲食店・宮本周蔵の物置から出火、母屋
 をひとなめにした。
  その炎は消えず・・一つは小川町通りを、一つは表神
 保町通りを、一つは錦町通りを、
  たちまち、三方に分かれ急速に東南へ向け燃え広がる。
  火元の猿楽町をはじめ、同一丁目、裏神保町、小川町、
 表神保町、錦町一、二、三丁目が、あっという間もなく
 全焼した。
  炎は、さらに、錦町一丁目から美土代町一、二、三丁
 目へ、また、三河町一、二、三丁目へと・・、
  神田を灰にした炎は、鎌倉河岸を飛び、堀割沿いに本
 石町通りを東へ進み、鎌倉町、松下町と灰にした。
  朝の午前8時には、今川橋先の堀割も超え、ついに、日
 本橋区(現・中央区)本銀町へ飛んで、本石町二丁目の大
 半を焼失。
  午前9時半になって、また、残り火が烈風にあおられた。
  そして、ふたたび襲いかかり、皆川町、旭町、ろうそ
 く町、関口町も猛火の中で灰と・・、
  その後も、炎は、東へ進み、永富町、新石町、竪大工
 町、上白壁町と、次々と進んだが、一つは、今川町の堀
 割で止まった。
  そして、一つは、鍛冶町の大通りで止まった。
  神田区日本橋区の一部、約33か町4620戸が焼失。
  小川町警察署、神田区役所をはじめ、
  万世橋直間税分署、東京法学院(現・中央大学)、東京
 英語学校(現・日本学園中、高等学校)、錦城学校(現・錦
 城学園高等学校)、松茂小学校、三省堂、熊田活版所、東
 京電灯会社第四電灯局、パノラマ館・・などの主要な建
 物が全焼した。
  中でも、死亡者24人の内、その大半を出した小川町勧
 工場(ショッピングセンター)洽集館(こうしゅうかん)で
 は、出火と聞いて店の商品を持ち出そうとしたが、
  出口が表と裏の2か所しかなく、18人が逃げ遅れて死亡
 した。
  (参考:東京の消防百年記念行事推進委員会編「東京の
 消防百年の歩み」)
足尾鉱毒事件について、田中正造が、衆議院に質問書を
 出した(栃木)
  田中正造は、1890年、第1回衆議院議員総選挙に栃木3
 区から出馬し、初当選した・・そして・・
  1891年、鉱毒の害を視察し、
  1892年6月3日、第2回帝国議会で、鉱毒問題に関して質
 問を行った。
  毎日新聞(6月5日)によると・・、
  本会明治25年5月9日河野広中君、及び工藤行幹君は、
 北海道殖民開拓に関する施政方針、北海道官有物払下、
 北海道勧業委托金処分、札幌製糖会社及び札幌製麻会社、
 北海道土地貸付、炭鉱鉄道線路変更の件に付、
  同月11日塩田奥造君、新井啓一郎君及び箕輪勝人君、
 同鉄道始末に対する件に付、
  同月23日加藤淳造君、同北海道炭鉱鉄道会社に関する
 件に付き、
  同月同日、田中正造君は、足尾銅山鉱毒加害の件、及
 び、北海道幌内郁春別鉄道会社命令書違反、神戸造船所、
 釜石鉱山、阿仁及び院内鉄山、小坂銀山に関する件に付
 き以上の質問書を提出したるに、
  政府は、未だ何等の答弁をもなさず。
 議院法第49条には、
  「質問主意書は議長之を政府に転送し、国務大臣は直
 ちに答弁を為し、又は、答弁すべき期日を定め、若し答
 弁を為さざる時は、其の理由を明示すべし」・・とあり、
  黙るに政府は上記数件の質問に対し、未だこれが答弁
 をなさず、
  又答弁すべき期日を定めざる理由如何、若し政府に於
 て答弁能はずとせば、何故にその理由を明示せざるや。
  以上、議院法第48条により提出す、国務大臣はその責
 任を負ひ直ちに明答あらんことを望む。
  明治25年6月3日 質問者 田中正造
          賛成者 塩田奥三 他2名
・7月25日:徳島県下に津波・山崩れ・大洪水が起こり大災
 害となる。
  (1)、1892年7月25日午後2時頃、保勢山の中腹が幅
 300m、長さ800mにわたり崩壊して、海部川を堰き止め
 た。
  崩壊により北岸の山麓にあった3家族11人、及び、山稼
 ぎ36人は、家屋とともに生き埋めになった。
  田畑4町歩も埋没した。
  海部川を堰き止めていた土砂は26日午後7時頃に崩れ、
 下流は大災害となった。
  平井には保瀬大崩壊の碑が建っている。
  (2)、1892年7月25日、台風に伴う集中豪雨により、
 海部川中流右岸の保勢(保瀬)で大規模崩壊が起こり、
 4戸が埋没し、住民11人と山稼ぎ人36人が生き埋めとな
 った。
  崩壊土砂は河道を閉塞し、巨大な天然ダムを形成した
 ため、湛水によって8戸が流出し、9人が水死した。
  さらに天然ダムの決壊により、下流域で流出2戸、半壊
 11戸の被害が出たが、高潮被害と重なり、天然ダム決壊
 による被害のみを分離することは難しい。
  天然ダム決壊の恐れは事前に下流に知らされ、決壊時
 には鉄砲、大砲、狼煙などで伝達された。
  (3)、1892年7月25日、豪雨が海部川上流や那賀川
 流を襲ったため、保瀬で大崩壊(土量約200万立米)が起
 こり、海部川の水を堰き止めた。
  このため、寒が瀬一帯は濁流に没し、4戸埋没、8戸流
 失、死者47人に被害を出し、上流一里半の樫谷の大杉の
 鞘が水に隠れ、さらに上流の轟神社の扁額が半分水に浸
 かった。(「海部郡誌」による)
  堰き止められた水が一斉に流下して大氾濫を起こすか
 も知れないという情報は上流から下流に伝えられたため、
 下流部では人的被害はなかった。(「海南町史上巻」に
 よる)
  (4)、1892年7月25日の豪雨時に、保瀬で崩壊が発生
 し(崩壊土量200万立米)、天然ダム(湛水量1,400万立
 米)が形成され29時間後に決壊したが、事前に避難。
  (四国災害アーカイブスより)
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1892年、その他:
久六島鮑(あわび)岩の帰属問題で青森・秋田の漁民が
 争った。
  青森県西部、艫作(へなし)崎の西方約30キロメートル
 の日本海上にある無人島で、上の島下の島ジブの島
 と呼ばれる三つの岩礁からなる(青森県西津軽郡深浦町
  島名は、難破船から救助された水夫の名によるとか、
 漁夫の名によるとかいう。
  付近は、ホッケ・アワビ、海藻などの漁場。
  16世紀末より、アワビ・サザエ・イカなどの漁場とし
 てきていて、1786年に、船問屋が発見したとも伝えられ
 る。
  好漁場であるため、青森・秋田両県で、50年にわたり
 帰属をめぐり争っていたが、
  1953年、青森県深浦町に帰属、秋田県に入会(いりあい)
 権が認められた。
  津軽国定公園に含まれ、1959年に、光達距離12.5カイ
 リの無人灯台が建てられた。
  (伝説)明治時代、久六島に、島を発見した九六が、
 この島に漁に出かけようとして遭難したという伝説が残
 っていて、
  西津軽郡の人々で、探検を企てようとする人はいなか
 った。
  ただ、男鹿半島の漁民が、時々、偶然に風の都合で久
 六島に流され、そこで、たまたま多くの漁獲を得る程度
 であった。
  1890年、福島県から新しい漁具(潜水具など)と漁夫を
 率いて能代水産業を営んでいた新妻助左衛門は、久六
 島探検を決意し、7月22日、能代を出航した。
  23日、西風に流されて艫作に上陸、そこで、新妻は、
 久六島の伝説と方向や位置を漁民から聞き、
  午後6時に、艫作を再出航して、久六島に到着し、27日
 にわたって大いに漁獲を得た。
  新妻は、午後6時に、能代に向けて出航したものの、風
 に流されて深浦村に上陸、そこで、久六島の魚影の豊富
 さを村人に話した。
  以後、村人たちも因習を改め、以後、秋田や青森の漁
 民が久六島を訪れるようになった。
  一旦、明治時代に、青森県が、単独で久六島の漁業権
 を得るものの、抗議を受けてそれが取り消される事件も
 あった。
  明治以来、秋田、青森両県の間でその帰属に関して紛
 争が続いたが、
  1953年、自治省の告示で青森県深浦町への地籍編入
 決定した。
衆議院議員総選挙で、高岡郡斗賀野で国民派と破壊派壮
 士500名が乱闘をおこした(高知)
  高知県下に保安条例が施行された。
・7月6日:アメリカでホームステッド・ストライキ(暴動)
  カーネギーの製鋼所で暴動が起きた。
  アメリカのカーネギー製鋼会社、ホームステッド製鋼
 工場における組合弾圧により、ペンシルバニア州ホーム
 ステッドで争議が起った。
  労働組合に反感をいだいていた H.フリックは、同社の
 社長に就任するとともに労働組合の破壊を決意し、賃金
 の引下げを計画した。
  300人の会社防衛隊が雇われ、ホームステッドで労使は
 対決し、70人以上の死傷者が出た。
  会社は、8000人の民兵の出動を州知事に要請、
  軍隊の出動によって、労働組合は壊滅し、他の製鋼会
 社もその労働協約を破棄するにいたった。
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  (今日の言葉)
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  題:中国の長期的な戦略目標は・・、
   「東アジア地域から、アメリカ軍を追い出し・・」、
   「台湾、日本、朝鮮半島を中国の勢力圏にする・・」
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1894年、懐中時計の製作に成功(服部時計店
  服部金太郎は、1884以降、横浜の外国人商館から洋時
 計を仕入れるようになり、品揃えを豊富にしたことが斬
 新な品揃えとして、評判が立つようになった。
  当初は、輸入に頼り、仕入れた時計は飛ぶように売れ
 た。
  国産時計は、1892年に、服部金太郎が作った精工舎
 始められ、3年後には、輸出も行われるようになった。
  「服部時計店社長・服部金太郎氏の創立に係る、同氏
 は、夙(しゅく、早い時期から)に、時計製造の如き精
 密工業が、最も我国民に適し、他日、必ず、日本の重要
 工業の 一として成功すべきことを確信し、其の創立を
 決意すると共に、現顧問・吉川鶴彦氏を技師長として招
 聘し、
  明治二十五年(1892年)五月、東京市本所区石原町に
 仮工場を設け、始めて掛時計の製造に着手せり・・」
  1894年、精工舎は、創業二年半にして、最初の懐中時
 計である22型タイムキーパー製造にも成功させ、
  清国(中国)に少量ながら輸入も始めた。
  「明治二十九年(1896年)には、懐中時計機械の製作
 を創む、當時の懐中時計は、二十二型 シリン式にして
 之を現時流行品たる八形九形の如き小型の時計と比すれ
 ば全く隔世の感なくんはあらす」
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1945年8月9日、対ソ防衛戦
  アメリカと戦っている日本に、ソ連が突如として攻め
 て来た。
  満州国において、1945年(昭和20年)8月9日未明に開
 始された日本の関東軍と極東ソビエト連邦軍との間で行
 われた満州北朝鮮における一連の作戦・戦闘と・・、
  日本の第五方面軍と、ソ連の極東ソビエト連邦軍との
 間で行われた南樺太・千島列島における一連の作戦・戦
 闘。
  この戦闘の勃発により、日本の降伏を決定付ける事と
 なった。
  日本の防衛省防衛研究所戦史部では、この一連の戦闘
 を「対ソ防衛戦」と呼んでいる。
  このソ連終戦間際に行った行為は、結論から言えば、
 論理的に『正当性は成立しない』。
  日ソ間には、「日ソ中立条約」が結ばれている状態で
 ある。
  そして、「日本は、事実上、敗戦が決定していて、戦
 争は終結している状態」である。
  例えば、イラク戦争で、アメリカとイラクが戦争をし
 て、イラクが負けたが、
  そのイラク戦争で、イラクが負ける直前に、第三国が、
 イラクに宣戦布告をして、イラクの首都のバクダッドを
 占領したら・・、
  バクダッドは、その第三国の占領物・占領した領域と
 なるのか?
  なる訳はない。
  それは、強盗行為である。
  犯罪である。
  また、隣の家に強盗が入って、その家の人が、強盗と
 やり合っている時に、第三者が入って行って、その家の
 物を盗る・・その行為を正統化できるか?
  出来る訳がない。
  盗みの行為である。
  犯罪である。
  だから故に、先に記したソ連の「南樺太、千島列島、
 北方四島」の日本の領土へのソ連の侵略は成立しない。
  強盗行為なのである。
  今・現在の現状は、不法行為の結果なのである・・不
 法占拠なのである。
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1953年、アメリカが、民主主義を実行していたイランで、
 CIAの工作によるクーデターを起こして、独裁制を押
 し付けた。
  これは、アメリカによる、イスラム教徒の不必要な迫
 害・抑圧であり、イスラム教世界と「文明の衝突」現象
 を作り出してしまった。
  アメリカは、この様な行為を色々している。
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2003年3月20日イラク戦争
  アメリカが、レバノン侵略(1982年)を盲目的に支援
 し、虚偽の口実を捏造して、イラクを侵略・占領した。
  アメリカは、この様な、イスラム教諸国と数々の紛争
 を起こし、「文明の衝突」現象を作り出した。
  アメリカは、この様な行為を色々している。
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2010年、中国の実質経済規模が・・世界一となった。
  アメリカは、2位に転落した。
  米ソ冷戦(東西冷戦)は、日本の貢献度大で、アメリ
 カが勝利し、1991年に、ソ連は崩壊した。
  ソ連統制経済社会主義体制と社会主義経済圏が崩
 壊した。
  そして、ロシアが誕生したが・・一極体制とはいうも
 のの・・「借金だらけのアメリカ」という『あだ花』が
 咲いた・・
  そして、資本主義経済・市場経済のグロバリゼーショ
 ンの進行を見たが・・が、しかし・・、
  結局、経済競争は、2010年頃には、日本が『中国』に
 抜かれ、そして、『アメリカも』、中国に抜かれた。
  ただ、「抜かれた、ああ、そうか」では、この話は終
 わらない。
  1996年〜1997年に、アジア諸国とロシアは経済危機に
 おちいった。
  この時、IMFを支配するアメリカは、これら諸国に
 対して強大な権力を行使する事が出来た。
  (アメリカの御機嫌を損なったら、IMFから融資を
 受けられない・・というシステム)
  しかし、IMF投票権は、参加国の実質経済規模に
 比例して割り当てられている。
  故に、アメリカの実質経済規模が、世界一の座を下落
 したアメリカは、IMFの拒否権行使の権利を喪失した
 ことになった。
  中国の世界一は、堂々としている。
  「食料と鉱物資源とエネルギーの消費量」が世界一、
  そして、中国は、「金属産業」の規模も世界一である。
  同様に、「化学産業」の規模も世界一で、「住宅産業」
 も世界一、
  そして、「家電産業」も世界一、「運輸産業」も、「
 造船業」も、
  そして、「流通業」も、そして、「自動車市場規模」
 も世界一。
  そして、世界の「鉄生産」の48%を、中国一国で消費
 している。
  そして、「外貨保有量」と、毎年の国内の「純貯蓄額」
 (資本蓄積量)も世界一・・、
  アメリカ政府の国際通商委員会のチーフ・エコノミス
 トであったピーター・モリシ(メリーランド大学教授)
 は・・、
  「(世界一の借金国)アメリカは、中国に国債(米財
 務省証券)を買ってもらわないと財政破綻(はたん、物
 事が、ほころびて、つくろえないというように、立て直
 しも手詰まりになること)してしまう」・・と言った。
  そして、また、「アメリカ大統領は、中国の前で、(
 国債を買ってください)と頭を下げないと、経済運営が
 できない」・・と言った。
  中国の発言権を、アメリカは無視できない立場にいる。
  そして、この格差は・・広がるばかりなのである。
  そして、世界の叡智は予測する・・
  『アメリカは、今後、破綻(はたん、物事が修復しよ
 うがないほどうまく行かなくなること)する。
  2016年〜2025年頃に、財務危機、通貨危機を引き起こ
 す可能性が高い』・・と・・、
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2017年、アメリカを抜いて、世界一の経済大国になった中
 国は、北朝鮮を支援して、核ミサイルを持たせた。
  今まで、世界一だったアメリカは、「日本には、絶対、
 核は持たせない」とやって来た。
  そして、今・現在、『核とミサイルを持った北朝鮮
 は、アメリカ領グァム島の周辺海域に、ミサイルを飛ば
 す計画だと言った。
  中国と北朝鮮の両国は、「核とミサイル」を持ってい
 る。
  日本は、「刀狩り」と言って、すでに、400年以上も昔
 に庶民から武器を取り上げた。
  アメリカは、今・現在でも、銃を取り上げられないで
 いる・・銃を無くせないでいる。
  アメリカの社会の中には、銃があふれている。
  銃を無くそうと言っているが、どうしても、社会から
 銃を無くせないでいる。
  そして、今、地球は、どうやら、核だらけの地球にな
 る気配・・、
  アメリカで、銃が無くせない様に、地球から核兵器
 無くせない・・様だ・・、
  アメリカでは、時々、忌(い)まわしい銃の乱射事件
 が起きて、殺される人、亡くなられる方々が出るが・・、
  今後、地球上に・・この様に増えた核ででも、その銃
 の事件の様な、突然の『忌まわしい出来事』が起きるだ
 ろう。
  銃の場合の様な、一人とか二人とか、10人とかという
 話ではなく・・核の場合は・・、
.
2017年、中国は、完全に・・『経済的にも』、アメリカを
 凌駕(りょうが、他のものを越えてそれ以上になること)
 した。
  あらゆる面で、中国は、アメリカの真似をして来た。
  その真似をして来た中国が、アメリカを追い抜いた。
  また、中国は、軍事的にもアメリカを越した。
  今までアメリカは、自国の主張をして来る国だった。
  中国も、この点まで、アメリカの真似をするだろう。
  アメリカは、「守ってやるよ」「はい、お願いします」
 と、世界に自国の軍を展開して来たが、これも、中国は
 真似するだろう。
  すでに、中国は、世界のあちこちに軍事拠点を作って
 いる。
  アメリカと中国の「二重の軍事カバー領域」が重なる
 地球・世界となる。
  かつてのソ連アメリカは、領域は接しても、重なる
 ことはなかったが・・ ・・、
.
2017年、「異教徒は殺せ」というキリスト教の考え方が、
 今の、現時点の、状況を作っている。
  「相手の生存を認めない」というキリスト教のこの教
 義。
  この考え方は、完全に間違っている。
  だが、キリスト教徒は、マインド・コントロールされ
 て、洗脳されて、その間違いに気づかない。
  逆に、正しい行為と思う所が『恐ろしい』。
  キリスト教に強く洗脳させられたブッシュは、この考
 え方で、イラクを滅亡させ、トップのフセインを殺した。
  アメリカのブッシュ大統領は、「現代の十字軍だ」と、
 言ってイラクを攻めた・・キリスト教に洗脳されて、そ
 の様に行動をしているという事を示した。
  そして、このキリスト教に洗脳されたアメリカのブッ
 シュ大統領は、北朝鮮も、この滅んだイラクフセイン
 と同じ「テロ国家だ」と言った。
  次に、イラクのように、北朝鮮を攻める意味を示した。
  北朝鮮は震え上がった。
  異教徒の生存を認めないその考え方・言葉に震え上が
 った。
  生き残る道を考えた。
  相手は、キリスト教に染まった「異教徒の生きる道を
 認めない考え方の者たち」、
  生き残るにはどうすればよいか?・・と・・、
  ミサイルが成功し、核実験が成功し、その時に喜びの
 放送が流れた。
  「将軍様、ありがとう」という言葉だった。
  それは、「助かった」という安堵(あんど、物事がう
 まく行って安心すること)の言葉だった・・のだろう。
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2017年、アメリカは、養われている国である。
  アメリカ国債を買ってもらって帳尻を合わせている国
 である。
  普通なら自己破産で、存在しえない状況なのだが・・
  その様な国が、何故、出来てしまったのか?
  それは、心底での国を思う気持ちが希薄だからである。
  グローバリズムだなんて言って筋を通しているようだ
 が、結局は、グローバリズム優先で、国を疎(おろそ)
 かにしている。
  その様な国が、何故、存在していられるのか?
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2020年、今から3年後・・アメリカ経済の実質規模が、『
 17兆ドル』程度と予想されている。
  これに対し、この時の・・中国の実質経済は、2020年
 には『30兆ドル』以上と・・、
  アメリカの1.7倍という『2倍』に手が届くぐらいに、
 拡大していると予測されている。
  『圧倒的な中国優位』の状況となっていると・・、
  アメリカの成長が見込まれない理由・問題点は・・、
   1、戦後生まれのベビーブーマの大量引退。
   2、医療費の重荷・・医療費の過大化。
   3、人口のヒスパニック化。
   4、アメリカ国民の6割が貯蓄をしない無貯金状態。
  アメリカは、軍事費に予算を廻せない状況となる。
  中国との競争が出来ないアメリカとなる。
  今、トランプ下ろしをやっている時ではないのである。
  そして、アメリカのトランプ下ろしの陰には、この「
 中国のマネー」がある・・??
  そして、中国の長期的な戦略目標は・・、
  「東アジア地域から、アメリカ軍を追い出し・・」、
  「台湾、日本、朝鮮半島を中国の勢力圏にする・・」
  実際、「アメリカが、東アジアから撤退する」ことを
 予測するアメリカの学者は・・大勢いる・・
  ハンティントン、ミアシャイマー、フリードバーグ(
 プリンストン大学)、レイン(テキサスA&M大学)、
 ペイプ、マンデルバウム(ジョンズ・ホプキンス大学)、
 カプチャン(ジョージタウン大学)・・などは・・
  「アメリカは、いずれ、東アジア地域の支配権をあき
 らめ、ギブ・アップせざるを得なくなるだろう」・・と・・
  キッシンジャーブレジンスキー・・も・・
  「中国が、アジアの覇権国となることは、もう避けら
 れない」。
  「アメリカ政府は、中国の覇権を認めて、対中国融和
 政策を採るべきだ」と言っている。
  日本は、加計学園問題なんかに、いつまでも関わって
 なんかいないで・・、
  「日本の立ち位置の検討」・・、
  「自分の国は自分で守る」ことに・・
  真剣に 討議せよ!
  イギリスの様に・・原潜と核は必要!!
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2025年、中国の経済規模が、世界の『30%』を占める・・
 また、インドの経済規模も、『15%』を占める。
  アメリカ政府の情報機関が、2008年末に公開した「国
 際政治の予測レポート『グローバル・トレンド2025』」
 に・・、
  そして、国際構造は「多極化」していく。
  今後、20年間の国際関係に最大の影響を及ぼす国は、
 中国であろう。
  今から200年前、中国の中国の経済規模は世界経済の30
 %、インドの経済規模は15%だった。
  中国とインドは、以前の経済的な地位を回復する過程
 にある・・と・・、
  因みに、600年代〜1830年までの1200年間、中国の経済
 規模は世界最大だった。
..
 (詳しくは、以下のブログへ。そして、宜しければ、
        このブログを世界へ転送してください)
  http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
または
  http://d.hatena.ne.jp/HACHI2009/archive